はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 111 [迷子のヒナ]

ヒナは返事を待たずして、ジャスティンの上に覆いかぶさった。とはいっても、親亀の背乗る子亀程度のかぶさりかただが。

「ヒナ、だめだ」と拒否するジャスティンの声は先ほどより弱まっている。

ヒナはしめしめと思った。
言う事を聞こうが聞くまいが、明日からはどうせ別々に寝なきゃいけないし、それにキスはおろか抱きついたりも出来ないのだ。

だったら、今夜――いや、いまを無駄にしてなるものか、とヒナは決意をさらに強固なものにした。

だが具体的に何をすればいいのかヒナには見当もつかなかった。
シモンは『あるじを誘惑するには下手な小細工は必要ない』と言った。むしろ小細工をするべきではないとも言った。ヒナには下手な小細工が何を意味するのか、これまた見当もつかなかった。

だからまずは正々堂々とキスから始めた。これしか知らないから。

ヒナはジャスティンがいつもそうするように、唇を軽くかすめるようにしてキスをし、それからチュッチュッと唇を啄ばんだ。

ジャスティンは呻き声を漏らし堪らずヒナを強く抱いた。この反応はヒナの行動そのものを肯定し、容認したも同然だった。

ヒナの身体に容易に消せない火が灯った。熱くてたまらない。ヒナは意識的に腰を揺らし、硬くなった昂りをジャスティンに押し付けた。するとジャスティンも同じようにヒナよりも数段大きな昂りをぐっと押し付けてきた。

「ジュスっ!それ――」をどうして欲しいのか分からないけど、とにかく何かして欲しい。この前みたいにお互い自分自身を握って、見つめ合って――

もどかしげにしているヒナの口の中にジャスティンの舌が入りこんできた。まだどこか遠慮がちなヒナのキスとは違い、相手を屈服させるほどの激しさに、ヒナはめろめろになった。身体中の力が抜け、――一部分だけは硬いままだが――すべて身を委ねたところで、身体が反転した。ジャスティンが上に乗り、ヒナを四肢の檻の中に閉じ込めた。

「ヒナがしつこいからだぞ」と咎める言葉もどこか甘くて、ヒナはただこくんと頷く事しか出来なかった。

ジャスティンの手がヒナの昂りを包んだ。絶妙な力加減で上下に動かされる手の中で、ヒナは翻弄され、喘ぎ、求めた。

ジュスが欲しい。

ヒナも腕をめいっぱい伸ばしジャスティンを握った。手の中で生き物のように跳ね、先端からほとばしる蜜液で瞬く間に手は濡れた。

「ああ……」ジャスティンが至福の吐息を洩らし、ヒナを強く握り返した。

「ヒナはジュスのもの?」この答えを聞かずして、あの歓喜の瞬間は迎えられない。

「ああ、そうだ」ジャスティンは苦しげに答え、ヒナの身体にキスの雨を降らせた。いつのまにかジャスティンの手の中で、ヒナの分身とジャスティンの分身はひとつになり、二人の唇が重なった瞬間、ともに高みへ登りつめた。

これがシモンの言う、身体の繋がりというやつなのだと、ヒナは満足と共に眠りに落ちた。

つづく


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迷子のヒナ 112 [迷子のヒナ]

翌日、誰にも邪魔されず朝を迎えられたのは、ジャスティンにとっては幸いだった。

おそらく誰もが耳にした事だろう。声を押し殺すこともなく、思いのままに嬌声を上げ、こっちを煽るだけ煽って、一度イっただけでものの数十秒で眠りに落ちた無邪気な小悪魔の声を。

そんな小悪魔の満足げな寝姿を、出来れば自分だけのものにしておきたかった。
とはいえ、朝食の時間を過ぎてもウェインはおろかホームズさえも顔を出さないのは、気を回し過ぎだと思わなくもないが。

ジャスティンはヒナの背中を抱き、もじゃもじゃ頭に顔を埋めた。ヒナの髪の毛は昨夜乾かし方が中途半端だった為か、大爆発を起こしている。これをダンが見たらなんと言うか……。

『旦那様にお任せした僕が馬鹿でした』と言って、遠まわしに主人を馬鹿にするだろう。どいつもこいつもこの屋敷の主人はヒナだと思い始めているようだ。この辺であいつらに、自分の立場というものを思い知らせてやらなければ。

それにしてもヒナはよく眠るな。身じろぎもせず、寝息も立てず、なんともおとなしいものだ。

そう思った瞬間、ヒナは突如腕を頭上にあげ大きく伸びをした。咄嗟に顔を仰け反らせなければ、確実にあの屈託のない拳でガツンとやられていただろう。

肝を冷やしたジャスティンを余所に、ヒナはなにやらもごもごとくぐもった声を発し、ガバッと飛び起きた。

左右に顔を振り、目をぱちぱちとさせ、「ジュスの部屋」と一言言って、やっとこちらを見おろした。

「おはようヒナ」いつもそんなふうに起きるのかい?危なっかしくておちおち一緒に眠れないな。

「おはよう、ジュス。ぼくたち一緒に寝たの?」

一目瞭然の事実に、いまだ疑わしげな顔で尋ねるヒナをジャスティンは抱き寄せ「もちろん」と上機嫌で答えた。

それからというものヒナのニヤニヤ笑いは止まらなかった。

着替えのため各々の従僕を部屋へ呼んだ時も、ふたりで遅い朝食を摂る間も、ジェームズに冷めた視線を突き付けられながら、出掛けるにあたっての小言のような指導や忠告の数々にさえも笑顔で応じた。

「ヒナ、へらへらするな」
ジェームズの一喝する声に、傍で見守っていたジャスティンも慌てて口元を引き締めた。
そろそろヒナに助け舟でも出してやらないと、後々面倒なことになりかねない。ニコラの屋敷では我慢を強いられるのだから、いまの調子を出来るだけ長く維持してもらう必要がある。

「ジェームズ、そのへんにしろ。ヒナには道中言って聞かせるから」

「そう言うあなたも他人事ではないですよ」と厳しく言い返すジェームズに、ジャスティンはぐうの音も出なかった。

やれやれ。そろそろ出発するか……。

つづく


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迷子のヒナ 113 [迷子のヒナ]

極秘訪問とはいえ一台の馬車での長旅――わずか半日だが――は大きな間違いだった。

出発当初はよかったのだ。従者の二人――ウェインとダン――は御者台に追いやり、車内はヒナと二人きり。
何をするでもなし、暗黙のうちに二人は寄り添い、今回の訪問についての情報の整理をしていた。いい時間だった。ヒナとまともに会話できるというだけで、いつもの数倍の充足感に満たされていた。しかもヒナは言いつけを守りキスひとつせがまなかった。寂しい限りだ。

最初に立ち寄った宿場町で事態は急変した。

御者であるウェインは仕方がないとして、なにもダンを吹きっさらしの御者台に座らせておかなくても、とヒナが言ったため、そんなに広くもない車内に迎える事となった。

ダンはかつて俳優を志望した事があるだけのやさ男だ。昨夜、主人に殴り殺されそうになった後とあっては、いくらヒナの招きとはいえ、御者台にいる方がマシだと思っていた。

が、ヒナは言い出したら聞かない。しかも、場の雰囲気を読むという事が不得手ときている。そんな状況で数時間過ごせば、ダンはおろかジャスティンも静かに目を閉じ、眠ったふりをするしかなくなった。ヒナはとうの昔に、ジャスティンの膝を枕にして熟睡中だった。

夕暮れ、目的の場所へあとわずかという時、ジャスティンは重要な話をヒナとし忘れていることに気づいた。本当は昨夜するつもりだった話だ。

「ダン、表へ出ていろ」ジャスティンはそう言って馬車を止めさせた。ダンはそのセリフ待ってましたとばかりに、タヌキ寝入りから目覚め、外へ飛び出して行った。

再び馬車は走りだし、ジャスティンはヒナをやや乱暴に揺すって起こそうとした。そうでもしないと目覚めないからだ。

案の定ヒナはその程度では起きなかった。

仕方がない。ジャスティンはヒナを膝に抱え、半開きの唇にキスをした。ヒナはムニャムニャとなにやら音を発し、眠ったままキスを返してきた。

ジャスティンはつい我を忘れキスに没頭しそうになった。ここで自分を律するのには相当な意思の強さを発揮しなければならなかったが、話の内容が重大ゆえ、なんとか唇をもぎ離すことが出来た。

途端にヒナは目覚めた。
いままでずっと起きていたかのように、「なんでやめるの?」と責めさえした。

「ヒナ、あとひとつ、話しておかないといけないことがある。ヒナはもうわかっているとは思うけど――両親の事だ」

ヒナの両親が亡くなっていることは間違いない。ヒナもそれに気付いている。だがどこかで一縷の望みを抱いているのだと、ジャスティンは感じていた。事実をニコラとの話し合いで聞かされるよりは、いまきちんとふたりで話し合っておく必要がある。

「死んじゃったんでしょ」とヒナは無感情に言った。「ヒナが助けを呼べなかったから」その目には涙が滲んでいた。

ジャスティンはヒナを強く抱いた。「ヒナは悪くない。悪いのはこの俺だ。もっと徹底的にあたりを捜索すべきだったんだ」

そう、すべては俺が悪い。言葉が通じないヒナを、はるばるロンドンまで連れ帰って、家族から引き離した。

「ジュスのせいじゃない。ヒナは誰が悪いか知ってる。鉄砲を持った人。荷物を全部持っていった。お母さんの指輪も取って行った。お母さんは知らない言葉を喋った。いまは分かるよ。盗っ人って言ったんだ」

盗っ人?
ジェームズの話とはずいぶん違うが、どうやらヒナの家族が乗った馬車は追剥ぎに襲われたとみて間違いないだろう。

だとすると、わずかな痕跡さえも見つけられなかったのには、重大な秘密が隠されているのかもしれない。

それを謎説くにはニコラの力がぜひとも必要だ。

つづく


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迷子のヒナ 114 [迷子のヒナ]

樫の木が規則的に立ち並ぶ馬車道を、速度を落としながら屋敷へと近づいていく。もう間もなく、ニコラの屋敷へと到着する。ジャスティンはヒナを横に座らせ、ささっと身なりを整えさせると、気分を一新させるため陽気に言った。

「今夜のディナーは何かな?」

「ヒナ、シモンのチーズグラタンが食べたい」

ヒナは先ほどまでの暗い話題などすっかり忘れたかのように、期待に目を輝かせながらジャスティンにねだった。

うーん、困った。シモンの料理はおろか、チーズグラタンすら食べることは不可能だ。ここで無理だと言うのは容易い。が、ヒナががっかりする顏はもう見たくなかった。

「よし、ヒナ。ニコラの家にはシモンはいないから、誰でも作れるヒナの好きなものを言ってみようか?」

「誰でも?ヒナ、アレ作れる!」食べ物のこととなると妙に張り切るヒナ。

アレってなんだ?「ヒナが作るのか?」ということは誰でも作れるな、とジャスティンは思った。

「パンに甘いたまごつけて焼くの」ヒナはホクホク顔で答えた。

ああ!「フレンチトーストか!それは名案だな」と言うしかないではないか!どこの家の料理人も、自分の神聖な場所を部外者に侵されることを極度に嫌う。シモンとて例外ではないが、ヒナがフレンチトーストを作れるという事は、神聖なる場所をヒナに提供したのだろう。ニコラの抱える料理人がヒナにキッチンを貸してくれるとは思えないが、注文くらい聞いてくれると期待するしかない。

そうこうしているうちに、馬車はギリシャ風の二本の柱の守る正面玄関前で停車した。

「ヒナ、いよいよだな」とジャスティンは自らを鼓舞するように言った。たかだか義姉を訪問するだけなのに、こんなに緊張するのはいまだに兄を恐れているからなのだろうか?それともただ面倒になるをの避けたいからなのだろうか?

しわくちゃの顔をほころばせた老執事が玄関前で出迎えた。背丈はヒナと同じくらい、歳のわりに背筋はピンと伸びている。侯爵家の執事からぬ愛想のよさで、老執事は歓迎の言葉を述べた。

「ようこそ、いっらっしゃいました。お嬢様、いえ、奥様は居間で首を長くしてお待ちでございます」

執事の物言いから、彼が侯爵家の執事ではなく、ニコラの執事だということが分かった。おそらくニコラが幼い頃から仕えてきたのだろう。型破りのニコラに相応しい、感情豊かな執事にジャスティンは思わず笑顔で返した。

「待ちくたびれて、子供が生まれていなきゃいいんだが」

執事はにんまりと笑みを浮かべ、ジャスティンとヒナを屋敷へと招き入れた。

つづく


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迷子のヒナ 115 [迷子のヒナ]

ヒナはおそらく緊張していた。

絨毯敷きの玄関広間で、馬車から降りるときに慌ててかぶった帽子を脱ぐと、ジャスティンを見習って、こわごわと老執事に差し出した。

「緊張なさっているのですか?カナデお坊ちゃま」と執事は言った。

ヒナは目を丸くした。
目の前のおじいさんが名前を知っていたからだ。

「ヒ、ヒナだよ」とヒナは正した。が、執事の方が正解である。

「さようでございましたか。失礼いたしました、ヒナお坊ちゃま」執事は特に理由を尋ねることもなく、ヒナとジャスティンをニコラの待つ居間へと通した。

「奥様――」と執事は言い掛けて、その奥様がとんでもない恰好でいる事に気付き、その歳からは考えられない速度でニコラの傍へ駆け寄って行った。

「そのようなはしたない恰好でお客様をお迎えするなど、とても侯爵夫人のなさる事とは思えませんぞ!」

執事は小さな身体を精一杯伸ばし、威厳を持ってぴしゃりと言った。それはまるで、子供を叱る親といった態だ。

ヒナは好奇心に駆られて、ジャスティンの後ろから覗き見るようにしてニコラの姿をとらえた。ニコラは寝椅子にクッションを枕にして横になっていた。ドレスの上からでも分かるほどふっくらとしたお腹に手をやり、執事の剣幕など意に介さず悠然と言葉を返した。

「まあ、バックス。大きな声を出さないでちょうだい。仕方がないでしょう?この子が、動いたらママのお腹を突き破って出て来てやる!って脅すんですもの」

お腹を突き破る?ヒナは恐ろしくなって、ジャスティンの腕にしがみついた。ベタベタしてはいけないという約束を、さっそく破ったというのに、ジャスティンはヒナの腕を振り払ったりはしなかった。

「そのような言い訳は通用しません。お嬢様に似てお転婆だったとしても、あと三ヶ月はそこで我慢しているでしょうよ」

「もうわかったから。そこをどいてちょうだい。わたしの愛する義弟とカナデの姿がちっとも見えないわ」

執事はやっと自分がお客様を待たせていることに気づき、気恥ずかしげに顔を赤らめてすごすごと引き下がった。

「ねえ、ジュス。あの人がニコ?」ヒナは囁き声でジャスティンに尋ねた。

「そうだよ」と言って、ジャスティンはヒナを伴ってニコラの傍へ近づいて行った。ヒナの緊張はもう解けていた。ポケットを叩き、貰った金時計がそこにあることを確認する。このお礼を言うためにここまで来たんだ。ニコは想像とはちょっと違っていたけど、恐い人じゃなくって良かった。

ヒナがホッとしていたその時、ニコラはよっこらしょと重い身体を起こしているところだった。

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
ヒナはやっとニコに会えました。
ところで、ニコの第一印象はお母さんに似てる、だったりします。

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迷子のヒナ 116 [迷子のヒナ]

いまさらながら待ちきれなかったのか、ニコラがよたよたと立ち上がった。

「ようこそ、カナデ。わたしのことわかるかしら?」ニコラは緑色の目を細め、ゆっくりと微笑んでみせた。まるで、怖がらなくてもいいのよと怯える小動物を誘い出すかのように。

それまでジャスティンの陰にいたヒナは、勢いよく前に出て、ニコラに向かって金時計を掲げてみせた。

「これ、ニコに貰ったの。ジュスが落として無くさないようにチェーン買ってくれた」

そこまで言って、ヒナは唇を噛んだ。頭の中で何度も練習したのに、うまく喋れなかった。
それでもヒナは「ありがとう」と一番言いたかった言葉を足した。

「大切にしてくれているのね。ありがとう、カナデ。あら、自己紹介がまだね。わたしはニコラ・バーンズよ。そこにいる大男の姉よ」
ニコラは立っていることに耐えきれなくなったのか、よろめくようにして腰をおろした。

ニコがジュスのおねえさん!!

ヒナはびっくりして手に持っていた時計を手放してしまった。が、チェーンのおかげで、時計はお腹の辺りで振り子のように揺れるだけですんだ。

だから名前が一緒だったんだ!
ようやく合点がいったとばかりに、ヒナは心得顔でニコラとジャスティンを交互に見やった。

当然その事実を知っていると思っていたジャスティンは、ヒナが何に驚いているのか、なぜ得意満面なのか、さっぱりわからなかった。

「初めまして。カナデ・コヒナタです。僕の事はヒナって呼んでください」今度はうまく喋れた。ヒナは誇らしげに胸を張った。それからチェーンの先に垂れさがる時計を救出し、ポケットにしまった。

ヒナはニコラに向かい合うようにして、ジャスティンと同じ長椅子に腰をおろした。お腹が空いたな、とお茶とお菓子が運ばれてこないか視線をきょろきょろとさせる。ついでに鼻をクンクンとさせ、それらしい匂いがしないか探してみるが、お菓子はまだこの部屋へはやって来そうになかった。

「それはそうと、あなた、ジュスって呼ばれているの?」とニコラはジャスティンに向かって愉快げに眉を上げてみせた。

「そうですよ。もっとも、ジュスと呼ぶのはヒナだけですが」ジャスティンはこともなげに言った。

そうだよ。だって僕はジュスの特別なんだもん。

つづく


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迷子のヒナ 117 [迷子のヒナ]

ジャスティンはやや不満げにティーカップを見下ろすヒナを満足な面持ちで見やった。

ヒナの不満は一目瞭然。出された紅茶が熱過ぎる事と指先ほどのチョコレートがたったひとつしか添えられてなかったことだ。もうすぐ夕食ということもありこれは致し方ない。

にこにこ顔で金の懐中時計を振り回し、ニコラとの型破りな挨拶を交わしたあとで、こんなにもあからさまに不貞腐れた顔をするとは……まったく、ヒナにはかなわない。

「ヒナ、チョコいるか?」ジャスティンはスプーンに乗せた丸いチョコレートをヒナに差し出した。

ヒナはチョコレートと同じ色の目を輝かせ、後生大事に眺めていた自分のチョコレートを口に放り込み、ジャスティンからふたつ目を受け取った。

「じゅふぅ、あふぃがとう」

おそらくヒナは「ジュス、ありがとう」と言ったのだろう。ジャスティンは返事をする代わりに、小さく頷いてみせた。

それを見ていたニコラは自分の気の利かなさに腹を立てたようで、突如大声で叫んだ。

「バックス!けちけちしないで箱ごと持ってきなさい!」ニコラは軍の司令官よろしく、ドアの向こう――おそらく夕食の支度中――の執事に居丈高に命じた。

「ニコラ、いいんだ」とジャスティンはかりかりするニコラをたしなめた。これではお腹の子がびっくりして飛び出して来てしまう。

それにヒナにこれ以上エサを与えてはいけない。ヒナは通常の食事となるとフォークでつつきまわすだけで、このままでは餓死してしまうのではというほど食が進まないのだ。どれだけホームズがヒナを太らせようと努力している事か。それをあのいかれ料理人が邪魔をしているのだ。お菓子ばかり与えて、偏食もいいところだ。
おかげで背はちっとも伸びないし、身体つきも男らしさの欠片もない。

いったい何事ですかと、執事が慌ててやって来た。

ジャスティンはニコラに先んじて口を開いた。「いや、今夜のメニューを知りたくてね」

「さようでございましたか」明らかに執事はホッとした顔を見せた。

「今夜はチーズグラタンよ」ニコラが執事に代わって答えた。

「チーズグラタン!」ジャスティンとヒナの声が重なった。それもそのはず、夕食にチーズグラタンを食べるのはうちくらいだと思っていたからだ。しかもヒナが食べたいと言っていた、あのチーズグラタンだ。残念ながらシモンの作ったものではないが。

「あら、そんなに珍しい物じゃないわよ」とニコラ。

「もちろんその他にも前菜、スープにメインと準備しております。チーズグラタンはあくまで奥様のご希望ですので」侯爵家の夕食がチーズグラタンだけ、などと思われるのは我慢ならないといった口調で、執事は言い足した。

「チーズは嫌いではありませんでしたか?」記憶が確かなら、ニコラはチーズの存在そのものを否定していたはずだ。あんなもの人間の食べるものではないわ、とかなんとか。

「妊娠するとね、突然、嫌いなものを好きになったりするものなの。その逆もあるわ。ほら、大好きだったマーマレードジャム、いまではその名前を聞くのも嫌だわ」と自分で口にした言葉にニコラは身震いした。

「ヒナもマーマレード苦手」とヒナが言ったことで、ニコラは我が意を得たりと上機嫌に微笑んで、「バックス、チョコレートを箱ごとよ」と夕食の事などすっかり無視して、執事にヒナの望むものを持ってくるように命じた。

やれやれ、とジャスティンは首を振るにとどめた。とても意見するなど出来なかったからだ。

つづく


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迷子のヒナ 118 [迷子のヒナ]

「あなたがグレッグを避けたのは正解だわ」

執事に連れられチョコレートの箱を抱えたヒナが部屋を出ると、ニコラは待ちきれなかったのか囁き声で言った。

「というと?」ジャスティンは訊き返した。グレゴリーを避けているのは今に始まった事ではないが、ニコラに同調されたのは初めてだった。

「ヒナはアンにそっくりだもの。あの人が見たら、ちょっと厄介なことになっていたかもしれないわ」

「そっくりなのか?」そうだったとしても意外でもなんでもなかった。パーシヴァルが気付いたくらいだ。あいつのアンの記憶がどこまで鮮明なものかは知らないが、ヒナを見て瞬時に、子供の頃数回会った程度のいとこの息子だと分かったのだから、生き写しと言ってもいいのだろう。

「ええ、とてもね。もじもじしていた感じはソウスケにそっくりだったわ」ニコラは過去を懐かしむように、くすくすと声を立てて笑った。まるで少女のような笑顔は、実年齢よりも一〇歳は若く見えた。髪をおろして、淡い色のゆったりとしたドレスを着ているせいかもしれないが。

「ヒナの父親――ソウスケとアンの仲を取り持ったのはニコラだと小耳にはさんだのですが」ジャスティンは尋ねた。

「小耳にはさむ?うそおっしゃい!調べに調べを尽くしたからここまでやって来たのでしょう?仲を取り持つだなんて控えめな言い方をしなくていいわよ。わたしが駆け落ちするように勧めたんだから。そう。手配したのもわたしよ」さあ、白状したわよとニコラは清々しいまでに開き直った。

「遠回しに尋ねる手間が省けましたよ」ジャスティンは呆れた溜息を洩らした。「ところで、グレゴリーに見られたら厄介なことになっていた、というのはどういう意味ですか?」

「ついでだからすべてを話すつもりだけど、もともとグレッグはアンと結婚する予定だったのよ。婚約間近だった。あなたはその話まったく知らないようね。そんなに驚いた顔をしているんですもの」

ニコラの言う通り、ジャスティンは驚いていた。昔から不思議でたまらなかったのだ。なぜグレゴリーがニコラのような女性(決して悪い意味ではない)を選んだのか。ただ単に家同士の縁組だと思っていたが、それには裏があったのだ。

「あね上。最初から順を追って話しませんか?」

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
グレッグはグレゴリーの愛称です。 

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迷子のヒナ 119 [迷子のヒナ]

「ねえ、バック。僕の部屋はジュスの隣?」ヒナは執事の背に向かって訊いた。

わたくしはバックスです。と執事は思いながら「ええそうです」と返事をした。

よかった。
ヒナはひとまず、満足の息を鼻から吐き出した。

これから数日の間は別々の部屋で眠らなければいけないし、ロンドンにいたときと同じで、あまり一緒にいられないのだから、せめて部屋くらい隣同士でもと思っていたところだった。

なにせ大人同士の話があるときは、さっさと追い払われてしまうのだから。

あーあ。

今度は溜息を吐いた。

紅茶を飲み干した途端、チョコレートの箱を渡され、部屋へ行くようにと言われた。夕食までの時間、長旅で疲れた身体を休めて、着替えもすませておくように、だってさ。
疲れてなんかないし、着替えをする必要がどこにあるのかさっぱりわからない。

「ここでございます」と執事が言った。「おや、お坊ちゃまたち」

絨毯の模様を見ながら歩いていたヒナは、足を止め、顔を上げた。最後の言葉が自分に向けられたものではないのを確認するように、目の前の『お坊ちゃまたち』をしげしげと見つめた。

「お母様のお客様?てっきりジャスティンおじさんが来るものだと思っていたけど」と背が高い方のお坊ちゃまが言った。黒い瞳で、こころなしか睨むようにしてこちらを見ている。

「ジャスティン様もいらっしゃっています。この方は――」
背の高い方のお坊ちゃまが、軽く手を上げ、執事に口を閉じさせた。

「ベネディクトだ。こっちは弟のライナス」

黒髪の長身の方が兄で、産毛のような金色の髪の背の低い方が弟らしい。が、はじめましての挨拶もなし。そっちも名乗れよと言いたそうな顔つき。さすがのヒナも歓迎されていない事はすぐに分かった。

「ヒナ」と言って、チョコレートの箱を胸元でしっかり抱きしめた。ふん。こっちだって仲良くなんかしないからね。

「ジャスティンおじさんはお父さん?」と好奇心いっぱいに訊いてきたのは、ヒナと同じ背丈のライナスだ。弟の方は少なくとも敵意は持っていないようだ。

「違うよ。ジュスは――」ヒナは口を閉ざした。結局、ジュスと僕はどういう関係なのだろうか。恋人だと言われたわけでもないし――言われていたとしてもそれは秘密だけど――、ああ!だったらそう言えばいいんだ。「秘密だよ」と澄ました顔で言ってやった。

「ねえ、お兄ちゃん。ヒナ、いま何て言ったの?」ライナスは眉を顰め、ベネディクトの袖口を引っ張った。

その仕草に不快感を露にしたベネディクトだが、いかにも面倒を起こしそうな侵入者をいたぶることを優先したようだ。

「さあな。よそ者の喋る言葉がわかるわけないだろう」と、さりげなくライナスの手を振り払った。

ヒナは屈辱で顔を真っ赤にし、同時に恥ずかしさから目にうっすらと涙を滲ませた。

それを見たベネディクトが嗜虐的な笑みを浮かべた。

この状況を見兼ねた執事が差し出口をきこうとした瞬間、ヒナの部屋の扉が開いてダンが姿を現した。

「ああ、やっぱりヒナだ。声が聞こえたのに入って来ないからおかしいと思ったんだよ。さあ、ヒナ!着替えをするよ」

いやに張り切ったダンがこの時ばかりは愛おしくて堪らなかった。

「はーい!」ヒナも張り切って返事をした。

つづく


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迷子のヒナ 120 [迷子のヒナ]

「あなたにあね上と呼ばれると、ひどく年老いた気分になるのはなぜかしら?」
ニコラはもう紅茶は十分とばかりにカップを向こうに押しやり、背に挟んだクッションにぐったりともたれかかった。身体を起こしておくのが億劫なようだ。

「さあ、七つも歳が離れているからではないですか?」ジャスティンはとぼけた口調で応じた。

「ジャスティン!まったく、あなたにはひどくイライラさせられるわ」いまいましい義弟ねといった目でジャスティンを睨んだ。

「イライラするのは俺のせいじゃないと思うけど」

「ええそうよ。この子のせいよ」と言って、ニコラは自分のお腹に手をやった。

こうしたニコラとのやり取りは毎度のことだった。とはいえ、そうそう顔を合わせられるわけではない。年に一度――父の誕生日に――ほんのわずかな時間だけのことだ。

「まあ、いいわ。とにかく話を進めましょう。順を追ってと言ったけど、アンとソウスケの馴れ初めを聞きたくはないわよね」ニコラは断言するように言った。「とにかく、お互い惹かれあっているのに、結ばれない運命だとかなんとか嘆いていたから、わたしが一肌脱いだってわけ。ああ、まだ口を挟まないで」と言って、更に続ける。「で、二人は駆け落ちをして、そのまま日本へ行ってしまった。わたしたちの友情はもちろん続いていた。だから、アンがここへやって来ると知って、とても嬉しかったわ。そう簡単には表現できないほどね」そこでニコラは言葉を切った。悲しげな表情になり、先を続けようとしたが言葉が出てこないようだった。

ヒナが両親の死を受け入れまいとしたのと同じ、ニコラも親友の死を受け入れられずにいるのだと、ジャスティンは思った。

「ひとつ確認しておきたいのですが――」当たり前のように話しを進めていたが、この確認を怠ったまま話の核心に触れることは出来ない。「ヒナはレディ・アンの息子で間違いないのですか?つまり、ラドフォード伯爵の孫ということで間違いない?」

「当然そうだと思って話していると思ったけど?」ニコラは苛立たしげに眉を顰めた。「残念ながら、あの老いぼれ伯爵の孫よ、カナデ――いいえ、ヒナは。証拠が欲しいというなら、まずはわたしがあの子にあげたあの時計がそれね。で、その時のお礼に写真を貰ったんだけど、そこにはアンとソウスケとヒナが写っているわ」

「写真があるんですか?」ジャスティンは思わず身を乗り出した。

あの金時計のお礼に送った写真なら、そこに写っているヒナは一〇歳ということになる。それよりも幼い可能性もあるが、とにかくその写真を目にしたくて堪らない。証拠云々はどうでもいい。出会う前のヒナを少しでも知りたい。それだけだ。

「見たいならあとで見せてあげるわ」ニコラは気前よく応じた。そこでふと、真顔になり「ところで、あなたよくもヒナを三年もの間隠していたわね。ずいぶんと探したのよ」と急に牙を剥いた。それはあまりに鋭い牙だった。

「それにはわけが……」

こちらも順を追って話をしなければいけないようだ。さもなければ、かみ殺されてしまう。

つづく


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